『卵巣ガン』発見が遅ければ、20代の友人を亡くすということ
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先日、20代という若さで卵巣ガンを患い、十数年と親交の深かった友人とお別れしました。
『死』は誰もが訪れる最終地点、そこには一度しか行けず、戻ってくることも決してできない、考えても仕方がないようなことです。
しかし、身近な友人が、つい先日までお話して肉まんを食べていた友人とは、もう会話をすることができません。
なんだか、おかしなかんじ、、、今も嘘のようです。
この記事を読んでくださった方には、1つしかない命を大事にしていただきたい。そんな思いを込めて記録として記事にすることにしました。
卵巣ガンって治るんじゃないの?はじめは主観的にその程度の病気だとばかり思っていました。しかし、現実は違った。
僕が身近で経験したからこそ、ガンの恐ろしさ、そして命の尊さを改めて感じることができました。
この記事で書いていることはコチラ
5分ほどのボリュームで、私的内容も多いです、それでもよろしければお読みください。
人は強がる生き物だから
人は強がりで貪欲で、自分勝手な生き物です。
人間らしいですね、欲望がないということは人が人である意味がないようにも感じます。
しかし、その強がりによって、時には、どうすることもできない、後戻りすることができない場所まで来てしまうことだってあります。
彼女は、半年前に卵巣ガンを発症しました。
まだ20代だし治る、僕は勝手にそう思っていたし、治ることが当たり前だと思っていました。
ガンが治るようになったのは歴史を遡れば、ほんの最近の事で、実はそれまでの時代を生きていた人は、当たり前のように”原因不明”で亡くなってしまっていたんですね。
半年前、彼女が病名を知らされる前、体調が悪かったそうです。前兆があったということなのかな、、
でも彼女には、まだ7歳の子供がいました。シングルマザーです。
どれだけ自分の親や友人の手を借りても、1人で育てていく。そう覚悟を持って闘病生活も頑張っていました。
だからこそ、ちょっと具合が悪いくらいでは休まないし、病院にすら行かなかったと。彼女自らの判断だったんですね。
この時、すぐに病院に行き診察を受けていれば、もっと早くガンが見つかっていれば、彼女はまだ生きているかもしれません。
だから、もし、これを読んでいるあなたの身体に異常があるのだとしたら、今すぐに病院に行き診察を受けてください。
早期発見で助かる命、大事にしてください。
残された家族と娘の存在
子供の親は彼女だけ、彼女が亡くなってしまったら、子供の親はいなくなってしまいます。
『まだ7歳の子を置いていくわけには行かない』口癖のようにずっとずっと言っていたのを覚えています。
そうですよね、、、子供がまだ赤ん坊の頃から母親1人で育ててきたわけですから。
僕がまだ中学生だった頃、その子供を抱いたことを今でも鮮明に覚えています。。。
どんな誰よりも子供の側にいただろうし、これからも子供にとって1人の親として、側で成長を見守ってあげたかっただろうなと思います。
『親より早く亡くなるな』という言葉があります。
でも子供にとっては親の死は早すぎる、まだ小学生。祖母にとっては1人の娘が自分より早く亡くなるという事。
彼女は半年間、よく頑張りました。決してあきらめずに、残された1人の子供の事を病院のベットの上から心配していました。
その時に言っていた事を今でも思い出します。
『娘が会いにきてくれないんだよね』『会いたいよ〜』
確かに、小学生の娘にしてみれば病院は怖いところ。僕もその頃は怖かったかもしれません。
自分の子に会えない、たった1つの『会えない』ということ、それだけが入院生活で1番辛いことだと言っていました。
なので、もしあなたの周りの誰かが、同じような状況なら、会いに行ってあげてください。必ず喜んでくれます。
昔仲が悪かったとか、トラブルを起こしたとか、そんな小さなこと忘れて、その人に本当に何か思い残すことがあるのだとしたら、行ってあげてください。
会える事は本当に素敵な事、毎日顔を合わせる事が当たり前じゃない。
だからこそ、1回だけでいいから顔を見て頑張っている姿を応援して、昔話をしてあげてください。
入院中に誰かに会うこと、会えること。それは患者さんにとって勇気をもらえることです。
後悔と幸せと覚悟
半年間の闘病生活の中で、僕は一度しか顔を合わせ、会話をすることができませんでした。
その一度の時にしたラインが最後、『肉まんを買ってきて』だったわけです。
それも、余命1ヶ月を宣告されたと連絡がきてからのこと。
なんでもっと早く行ってあげられなかったんだろうなと、後悔しています。。
肉まんだってずっと、もっとたくさん、あったかいやつを買って行きたかった。
でも、ベットの上で食べるセブンイレブンの肉まんを本当に美味しそうに食べていました。
亡くなる前日には『お好み焼きが食べたい』とも言っていたそうです。
長い期間、抗がん剤やその副作用と戦いながらも、クリスマスとお正月は自宅に帰れた、その時が最後の自宅だったのかなと思います。
自宅に帰りたい、子供に会いたい。1人が寂しいというのも人間らしいです。
だから、周りにたくさんの人がいてくれることも当たり前じゃないのかもしれません。
彼女は強い、そう思った言葉があります。
最後は『自分の気持ちだよ』諦めるわけないじゃん。だってはーちゃん残して私だけ先に行けるわけないよね。。
もし、これを読んでいるあなたが、同じような病やそうなってしまった時は、必ず『治す』という気持ちを持ち続けてください。
このとき僕は、数年前に同級生の友人が白血病になったのを思い出しました。
彼も同じことを言っていたんです。『必ず治す』そんな強い志を持っていたこと彼は白血病を完治させて、今も元気に生活しています。
だから、あきらめない『必ず治す』という強い気持ちを持つことは大切なことだと思いました。
まとめ
最終的に彼女のガンは卵巣から頭までの転移がわかりました。。。
初期治療の段階での抗がん剤が想像以上に効いていなかったらしく、進行してしまったのも影響しているとか。
20代のガンの進行スピードは恐ろしく早い、体の成長と似たイメージです。
卵巣から、頭に転移、それから全身に回ってしまったようです。全身に回ってしまうと先が長くない、ということで余命1ヶ月を告げられたと、後から聞きました。
手術も何度も行い、時には数日苦しむほど強力な抗がん剤も投与していました。
それからというものの、彼女はあきらめず、最後の日まで薬を投与し戦い続けた。
本当によく頑張ったよね。。痛かったよね。辛かったよね。。
これを書いている今、僕はまだ23歳です。しかし人並み以上に誰かの『死』に遭ってきた経験があります。
同級生、昨日会って話したコーチ、友人のお母さん、大好きだったアーティスト、まだまだ数多くあります。
生きていることは当たり前じゃないことに改めて気付かされました。
周りの人に支えられ、昨日会った会社の人とまた明日も会えるということ。学校の友人と明日のカフェに行く約束を果たせたこと、全てが奇跡です。
それから僕は考え方を変えました。正しくは生き方ですね
明日死んでも後悔しない生き方をしようと、やり残したことがないように、自分が決めたルールの中で好きなように生きようと決めました。
もう1つだけ、決めたことがあります。
どうせいつか死ぬんだから、やりたいことに挑戦してみようと。やり残したことに後悔しないように、やりたいことをやろうと。僕にしかできないことをやろうと思ったわけです。
あなたが今やっている仕事は楽しいですか?明日が無かったとしても、その仕事を続けていますか?
イエスと答えられたらどんな仕事であれ、とっても素敵なことです。きっと職場の人、上司、仲間、たくさん人に恵まれて生活できているんだと思います。
でも、もし今の仕事になんのやりがいもなく、感じてしまっているのであれば、考え直してください。
『なんとなく生きた今日は、誰かが生きたかった明日なのかもしれない』という言葉があります。
まさにこのことだと、あなたの代わりは誰もいないのだから、あなたは懸命に生きるべき、やりたいこと、後悔したくないこと、やり残したことがないように生きることが、人が天国に行っても安らかに眠ることができるのだと思います。
彼女は半年間の闘病生活に幕を下ろしました。
まだ20代、でもこれから先の人生は歩むことができません。
いちご狩り、飲みに行ったり、BBQも行き、水族館にも、思い出はあげればキリがありませんが、最後に彼女と約束したことがあります。
必ずやりたいことをやる。それまでの努力はあきらめないこと。
失敗か成功かなんてわからない、でも努力だけは必ずどこかに結びつく、点と点が重なるその時に努力の意味があったと思えるように、日々を淡々と生きていくよ。
ありがとう。そしておれの成功と、はーちゃんの将来はしっかり実らせることを約束するね。
2019年1月21日
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